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- 玉腰 暁子先生
- 北海道大学医学研究院教授
意志を持ち続け、周りの人と協力しながら
進んでいけば、道は開けるはず
LILAS
Leaders for people with Innovation,
Liberty and AmbitionS.
フロントランナーとして活躍している女性リーダー(Leader)を紹介する女性研究者インタビューシリーズLILAS。リラはフランス語で札幌の花としても知られるライラック(Lilac)を意味します。 インタビューの内容から着想を得た植物のアレンジメントとともに、植物の持つ力強さやしなやかさ、多様性などのメッセージを媒介させながら、オリジナルインタビューシリーズとして発信していきます。
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第五回は医学研究院の玉腰暁子さん。玉腰さんは、子育て期の終盤に北大に着任。時間を目いっぱい研究に費やせるようになった一方で、文化が醸成されている研究室に一人新しく着任したことで、研究室のメンバーとの関わり方、研究の進め方など研究室のマネジメントについて頭を悩ませてきたと言います。時間をかけて今の研究室のスタイルを築いてきた玉腰さんに、どのような工夫をしてきたのかを伺いました。

彼らの研究を尊重しつつ、新たな研究室の方針をどのように確立していくか
研究室を運営するうえで、どのような困難がありましたか
約10年前に北大に来て初めて、研究室の運営を自分で行う立場になりました。医学部では研究室のことを教室とも言いますが、それまでの職場での自分の立場は、教授のもとで研究を進めるチームの一員だったため、教室の運営について深く考えたことはありませんでした。その頃は子育て真っ只中ということもあり、教授の先生方がどのように教室を運営しているかを意識したことがなかったように思います。
しかし、北大に着任するとすぐに、運営方針を決めることや学生の指導、資金管理といった様々な課題に直面しました。特に苦労したのは、着任先の研究室に、元々所属していた教員や大学院生との研究スタイルの調整です。彼らの研究を尊重しつつ、新たな研究室の方針をどのように確立していくかを模索しながら進める必要がありました。最初のうちは前任の先生のやり方を引き継ぐ形で進め、徐々に工夫しながら自分のスタイルを作っていきましたが、やりやすい形を見つけるまでに4~5年はかかったように思います。それほど、元の研究室文化が出来上がっている場に一人で入っていくのは、大変なことでした。
一律的な指導ではなく、一人一人の状況に合わせた指導を
研究室運営で特に気を付けていることはありますか
学生のバックグラウンドが多様であるため、一律的な指導ではなく、一人一人の状況に合わせた指導を意識していました。医学部出身の学生もいれば、看護、薬学、栄養学など、異なる分野から進学してくる学生もいます。そのため、彼らが研究に適応できるよう、基礎的な統計解析のトレーニングを設けたり、経験のある学生にメンターになってもらったりしました。また、社会人学生も多く、彼らの時間的制約を考慮して、ゼミを夕方に設定したり、オンラインと対面を組み合わせたハイブリッド形式を導入するなど、柔軟な運営を心がけました。こうした取り組みは、結果として研究室の多様性を生かした学びの環境づくりにもつながったと思います。
また現在は、教室の教員だけのミーティングを定期的に行うようにしています。それもできるだけ対面で行うようにしていて、お互いに今抱えている仕事や研究、学生の状況について共有する場を設けることで、うまく教室を回せるようになりました。別々に仕事していると、目に見えない部分で誰かが負担してくれていることもあります。そのような部分も含めて今の状況を共有することで、バランスが取れるようになりました。

制度を整えると同時に、全ての人の意識改革も
ダイバーシティへのお考えをお聞かせください
私が大学院生の頃、ある教授から「女性のわりに頑張っているね」と言われたことがありました。そのとき、私は違和感を覚え、思わず「それってどういう意味ですか?」と聞き返しました。おそらく悪気はなかったのだと思いますが、その言葉に込められた無意識のバイアスを強く感じた出来事でした。それがきっかけでその先生からは面白いやつだと思ってもらえましたが、この経験を通じて、性別による固定観念を払拭し、個人の能力を正しく評価する環境を作ることの重要性を認識しました。
現在、女性への表彰制度やクオータ制※などの施策が進められていますが、長期的な目標としては、こうした特別な施策が必要なくなるような環境を作ることが理想だと考えています。女性研究者がキャリアを積みやすい制度を整えると同時に、全ての人の意識改革も進めていくことが大切だと思います。もちろん、ここまで世の中が変わってきたのも先輩方が本当に頑張って色々な権利を勝ち取ってきたからこそです。しかし、今はまだ達成には至ってはおらず、乗り越えなければならないことが多くあります。やはり、これからもみんなで頑張らなければと思います。
※格差是正のためにマイノリティに一定の比率で人数の割り当てを行うこと。
女性が働かずに家にいる姿を知らなかった
研究者としてのキャリアに影響を与えたロールモデルはいますか
私の両親はどちらも研究者で、父も母も生化学の分野の職場で働いていました。そのため、女性が働かずに家にいる姿を知らなかったことが、働くことを当たり前に感じさせたと思います。また、研究者として働くことは、私にとって特別なことではなく、自然な選択肢として育ちました。幼い頃から、両親が研究の話をしているのを日常的に聞いていたので、科学の世界に親しみを感じていたのだと思います。
研究者仲間の存在についてはいかがでしょうか
大学院生の頃に出会った研究仲間たちは、今でも大切な存在です。学会や研究会で知り合った人たちとのつながりが、その後のキャリアに大きな影響を与えました。研究者は孤独になりがちですが、同じ志を持つ仲間と支え合うことで、より良い研究ができると実感しています。特に、全国的な班会議や疫学会での活動を通じて得たネットワークは、私のキャリアの継続において非常に大きな役割を果たしました。 若手のときの仲間とともに頑張っていると、今その仲間たちも同じような役職やポジションについていて、悩みもその時々で共有できるので、このような存在はとても心強いですね。

疫学研究を通じて社会の課題解決に直接貢献できるのは、公衆衛生学の大きな魅力
研究分野や社会における貢献について教えてください
私の専門である公衆衛生学、特に疫学研究は、データを分析し、それを社会に還元することが重要な役割となります。特に、コロナ禍では札幌市の感染データの解析を行っていました。感染初期はまだ世の中の混乱も多く、自分にできることは何だろうと考え、最新の知見を基に、市民向けのリーフレットを作成しました。これはA4サイズ1枚程度の簡潔なものですが、自分なりに感染防止策や最新の疫学データを分かりやすくまとめたものです。これを受け取った岩見沢市の方がこのリーフレットを市のホームページに掲載してくれました。どのような情報発信方法が適切かについては検討の余地がありますが、市民の不安軽減や正しい情報提供に少しでも貢献できていれば何よりだったと思います。
札幌市との連携の中では、特に最初の頃は、行政の方たちが対策に尽力されている姿を目の当たりにしました。本当に皆さん献身的で、夜中まで働いていて、でも一方で行政への批判も多い時期でした。このような混乱の多い状況下で私たちができることを行っていくことが使命だと思い、教室メンバーには力をフルに発揮してもらい、札幌市のデータを毎週受け取り、分析してお返しすることを継続しました。
また、コロナの後遺症に関する疫学調査にも関わりました。感染症の長期的影響についてのデータはまだ不足しており、行政としてもその実態を知る必要がありました。私たちは札幌市と連携し、感染後の健康状態について市民の皆さまに協力いただき、情報を収集・分析し、その結果を政策提言に活かす活動を行いました。このように、疫学研究を通じて社会の課題解決に直接貢献できるのは、公衆衛生学の大きな魅力だと思います。
委員などの仕事は可能な限りなるべく引き受ける
大学への貢献についてはどのようにお考えですか
これは大学に限らずですが、委員などの仕事は可能な限りなるべく引き受けるようにしています。例えば、学内の倫理関係の委員は、倫理審査の仕組みづくりの部分を検討する委員や学部の倫理委員会など、複数兼任しています。研究倫理については、私が若手研究者のときの問題意識の一つでした。疫学研究では人を対象に調査しますが、当時の研究倫理に対する考え方は海外と大きな開きがあると感じていました。そこで若手のメンバーと勉強会を始め、ガイドラインを作成していた経緯もあるので、そのような部分で貢献できていると感じています。
コロナ禍では、北大内に対策委員会が立ち上がりました。私は、委員として他の先生方と協力しながら対策を進めていきました。北大でもワクチン接種を進めていたので、どのように実施するかを検討したり、学生にボランティアで実施に協力してもらえるようお願いしたりと色々と動いていました。また、手伝ってくれた学生ボランティアを総長の名前で表彰するように進言しましたが、結果として、関わってくれた学生さんたちが、きちんと評価していただけて、ありがたかったです。

小規模でもいいので『運営する』という経験を積む
これから上位職を目指す研究者の人たちへメッセージをお願いします
研究者としてキャリアを積んでいくには、まず自分が何をやりたいのかを明確にすることが重要です。特に、研究室運営を担う上位職になれば、自分の研究だけではなく、研究費の確保やチームマネジメントなど、多方面のスキルが求められます。そのため、学会活動や研究プロジェクトのリーダーなど、小規模でもいいので『運営する』という経験を積むことをおすすめします。
また、一人でできることには限界があります。信頼できる仲間を持つことが非常に重要です。 私自身、若い頃に学会や共同研究で出会った仲間たちとは、今でも連絡を取り合い、互いに支え合っています。特に、疫学研究のようにデータ分析が中心の分野では、他の専門家との連携が欠かせません。研究者同士のネットワークを大切にし、困ったときに相談できる関係を築くことが、長く研究を続ける上での大きな支えになると思います。
研究を続ける中で、必ず、困難なことや迷うことが出てくると思います。でも、自分がやりたいという意志を持ち続け、周りの人と協力しながら進んでいけば、道は開けるはずです。また、上位職になることを恐れずに、チャンスがあれば挑戦してほしいですね。上のポジションに行くほど自由度が増し、自分のやりたい研究を推進しやすくなります。ですから、もし自分の研究を思い通りに進めたいと考えているなら、積極的に上を目指してほしいです。
大学の環境は年々変化し、経営的な視点も求められるようになっています。その中で、研究者がどのようにふるまうかは非常に重要な課題です。しかし、研究への情熱を持ち続けることができれば、どんな状況でも自分の道を切り開いていけると思います。これからの若手研究者には、自分の目標に向かって、一歩ずつ着実に進んでいってほしいです。
LILAS
Library
「社会の中で、思い込みを捨ててデータを正しく見ることの重要性、また様々な分野に関心を持つことの大切さに気づかせてくれる本です。」
LILAS
Plants
切花として土から離れた状態でも何ヶ月も蕾をつけ花を咲かせるボケ。木立性のクレマチスは旧枝にたくさんの花をつけるタイプ。
粘り強く何度も咲かせる花のように。

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ボケ
学名:Chaenomeles speciosa 科名・属名:バラ科ボケ属
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クレマチス
学名:Clematis 科名・属名:キンポウゲ科センニンソウ属 品種名:カートマニージョニー(オセアニア系)
LILASは北海道大学創基150周年事業です。北海道大学は2026年に創基150周年を迎えます。