北海道大学大学院 法学研究科 清水 紀子
2020年9月2日 掲載記事
※役職、記事内容は掲載当時のものです
「三児の母、かつ博士号取得を目指す大学院生」。これが今の私です。
大学院生に戻ることは、もともとは、夫の赴任に付いて北海道へ来るための言い訳でしかありませんでした。私の勤めていた職場は東京にしかなく、夫とまだ幼い子どもたちを離れ離れにさせてたくなかった私は、大学院入学を理由とした、期限付き休職制度を活用するため、北海道大学へ入学したのです。
今度は法学研究科の大学院生です。 以前、 薬学研究科の修士課程を修了し就職した私にとって、仕事に直結する法律を基礎から勉強することは、価値があることでした。ところが、やってきた先は、最先端の法学研究のメッカです。「法のIntegrity、関係特殊的投資、Ex AnteとEx Post」。日本語か外国語かしか判別できない単語に、OJTや研修で身に着けた法学素養では全く歯が立ちません。経歴や実績は一挙に打ち砕かれました。ましてや、北海道には親戚も友達もおらず、それまで大いに育児を手伝ってくれた双方の両親からも遠く離れた地です。
寂しくて辛くて悔しくて、釈然としない日々でした。なぜ大学院に来ることにしたのかと自問自答し続けました。しかし、そこは元来の頑張り屋が功を奏し、大学院だけでなく学部の授業も履修して、とにかく勉強しました。絶対的な時間不足を少しでも解消しようと、真夜中でも早朝でも、起きられるときは起きて勉強しました。毎日、目一杯の生活です。
救いだったのは、家族が一緒にいられ、お父さんが大好きな子供たちが楽しそうなことでした。また、子育てには適しているという評判どおり、札幌の暮らしは快適で、雪を知らずに育った私にとって、怖さと憧れの対象だった雪国の暮らしも、2年目にはすっかり慣れました。新たに出会った札幌の人々も、本当に温かい方々でした。また、本業の勉学も、苦難の連続でしたが新しいことを知るのは楽しいことであり、私のような異分野からの参入者は珍しい分、持っている情報や着眼点が目新しく、価値ある学際研究ができるのではという希望を感じることもできました。さらに、働きながら博士号を取得しその後も仕事と並行して研究活動を続けている先輩方の姿を間近に見ることで、10年前にあきらめた博士号の取得を真剣に考えるようになりました。
ところが、この楽しくも辛い時間も、いつかは期限を迎えます。しかし、夫が東京へ戻る目途は立ちません。 その後も何らかの形で職場に在籍したまま札幌に残れないものかと考えて行動しましたが、どうやら難しそうだということが薄々わかってきていた矢先、決定打となったのは、新型コロナウイルス感染症による混乱だったように思います。小学校休校、保育園登園自粛、都道府県をまたぐ移動の自粛により誰も助けに来てくれない中で、私が子どもたちを守らなければならない、子どもたちの安全が最優先であると身をもって実感しました。
そうであれば、家族と一緒に暮らすことを優先し新たな道を探すことも、笑顔でいるための方策かもしれません。すっと肩の荷が下りた気がしました。
大好きだった仕事と大好きだった職場の方々と別れることは、非常につらいことでした。ネガティブな印象を持たれた方もいらっしゃると思うので、本当に申し訳ないことです。私にとっても、あれほど憧れ、一生懸命取り組み、充実していた日々を一瞬にして手放すことは諦めがつかないことで、一生癒えることのない傷だと思います。失恋したように泣き伏しました。でも、目の前にはおなかをすかせた三匹の小鳥(と一匹の親鳥)がいます。日々の喧騒の中で、傷穴を少しずつ繕っていかれるようになりました。
今は博士号の取得に集中していますが、取得後のことは何も決まっておらず、それはそれで不安の種です。しかし、「辞めたときのネガティブな印象は、その後の頑張りでいくらでも好転する」「前向きで、一生懸命に取り組んでいれば、能力と結果はついてくる」。この大先輩の言葉を胸に、目の前のこと一つ一つを真摯に取り組んでいこうと思います。
元記事)
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2020年9月2日掲載 清水 紀子「大好きな仕事をあきらめての再出発」
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