LILAS
長里 千香子 長里 千香子

04

長里 千香子先生
北海道大学北方生物圏
フィールド科学センター
水圏ステーション室蘭臨海実験所 教授

地域社会との連携の中で
実験所としてできることを続けていく

LILAS

Leaders for people with Innovation,
Liberty and AmbitionS.

フロントランナーとして活躍している女性リーダー(Leader)を紹介する女性研究者インタビューシリーズLILAS。リラはフランス語で札幌の花としても知られるライラック(Lilac)を意味します。 インタビューの内容から着想を得た植物のアレンジメントとともに、植物の持つ力強さやしなやかさ、多様性などのメッセージを媒介させながら、オリジナルインタビューシリーズとして発信していきます。

04

第四回は北方生物圏フィールド科学センター 室蘭臨海実験所の長里千香子さん。
長里さんは、海藻の発生学や細胞生物学について研究しています。海のそばで研究を続けたいという思いを胸に、臨海実験所でのキャリアを歩んできました。研究と教育、実験所運営を両立させながら、ダイバーシティ推進や国際共同研究、地域社会との連携を積極的に進めています。

「海のそばで研究を続けたい」という強い思いに支えられて

研究者としてのキャリアはどのようにスタートしましたか

全国臨海臨湖実験所所長会議というのがあり、そこが主催している公開臨海実習に、学部生のときに参加したのをきっかけに、修士から室蘭の臨海実験所に入りました。私が実験所に行ったときは所属する学生は5人ほどで、当時、先生から日本人で初めての女性だと言われました。その後、学生も段々と女性が入ってくるようになり、今では男女同じくらいの割合になっています。
学位取得後は、ポスドクを経て准教授として臨海実験所に戻る機会を得ました。女性研究者が少ない中で大変なこともありましたが、「海のそばで研究を続けたい」という強い思いが私を支え続けてきた原動力です。また、学位取得後すぐに研究者としてのキャリアをスタートできたことは、とても恵まれていたと感じています。

研究面に限らず、生活面でもちょっとしたことでも相談できるように

臨海実験所特有の課題について教えてください

着任した当初は、教育よりも実験所の運営の方が大変でした。当時の室蘭臨海実験所は、断崖絶壁のところに位置し、海にとても近かったので波浪の被害や、漏電、停電などのトラブルが常にありました。研究のための海藻培養の設備などもあるので、停電が続くと貴重なサンプルにも影響してしまいます。老朽化した設備への対応が必要で、何かあれば駆けつけ、たとえ一人でも対処できるようにしなければとプレッシャーの連続でした。

また、学生の生活面へのサポートも重要な仕事でした。実験所から学生たちのアパートまでは、大体歩いて30分ほどかかるので、夜遅くまでの実験ではできるだけ付き添い、車のない学生は自宅まで送り届けるなど、安全を最優先に対応しました。
臨海実験所に来る学生はほとんどが道外の大学から進学してくる場合が多かったので、家族や友人と離れて一人で室蘭で暮らすことになります。研究面に限らず、生活面でもちょっとしたことでも相談できるように、話してもらいやすい雰囲気づくりについては気を使っていました。
このような環境は大変でしたが、対応力や管理能力を磨く良い機会となりました。現在では臨海実験所も移転し、以前より働きやすい環境になったと感じています。

現代の研究環境に適した設備を整えることは、 誰もが快適に学び、研究できる場を提供すること

DEIについてどのように取り組まれていますか

室蘭臨海実験所で行っている公開臨海実習や国際公開臨海実習では、多様な背景を持つ学生や研究者が参加します。そのため、生活習慣の違いや食事内容には気を付けています。例えば、最終日の打ち上げパーティーでは、全員が楽しめる食事メニューを用意し、誰もが交流できる雰囲気作りを大切にしています。ダイバーシティを重視することで、研究室全体に新たな視点や刺激が加わり、より活気ある場が形成されていると感じています。
大学教員としては、北大で働く教員がほとんど札幌キャンパスにいる中で、地方で働く教員として、札幌キャンパスとは異なる教育・研究活動や維持管理についての課題をしっかり共有していくことは大切だと考えています。

現在、北方生物圏フィールド科学センターの将来構想ワーキンググループの委員長を務めていますが、このワーキンググループでは、施設の将来計画についてさまざまな角度から検討を行っています。その中でも特に課題として挙がっているのが、トイレや更衣室といった施設のジェンダー配慮の問題です。
現在、フィールド科学センターが持つ施設には十分に整備されていない部分があり、特に男女別のトイレや更衣室の設置状況に関しては改善の余地があります。この一つの要因として、かつて女性の学生や研究者の数が少なかったことが挙げられます。そのため、トイレや更衣室といった施設の整備が後回しになってしまったという背景があります。しかし、近年ではフィールド科学の分野でも女性研究者や学生が増えてきており、それに対応する形で施設を整備することが求められています。
現代の研究環境に適した設備を整えることは、誰もが快適に学び、研究できる場を提供するために非常に重要です。施設の整備には予算の確保などの課題もありますが、バランスを取りながら、できるだけ早く対応していきたいと考えています。ジェンダーに配慮した環境づくりを進めることで、多様な人材がフィールド科学の分野で活躍できるような場を目指そうと思っています。

海藻の細胞生物学の新たな可能性を切り開く

研究分野における貢献について教えてください

私たちの研究室では、海藻の発生学や細胞生物学を中心に研究を行っています。特に、私たちが改良した藻類細胞へのマイクロインジェクション技術は、海藻の細胞生物学の新たな可能性を切り開くものとして注目されています。この技術を学ぶために、海外からも多くの研究者が訪れており、国際共同研究の発展にも貢献しています。

国際的な研究交流にも積極的に参加しており、例えばフランスで開催された大学院生を対象とした大型藻類の技術講習ワークショップでは、講師としてマイクロインジェクション技術の指導を担当しました。ヨーロッパの研究者や学生と直接交流しながら互いの技術を共有する機会を得ることができ、私自身も良い経験になりました。
国際的な視点で見ると、ヨーロッパでは国をまたいだ大規模な共同研究が活発に行われており、研究費の獲得方法やプロジェクトの進め方に日本との違いを感じます。各分野のスペシャリストが集まり、連携して研究を進めることで、質の高い論文を発表する文化が根付いています。私たちもそのような国際的なネットワークに参加していますが、将来的には日本側が主体となる形での大規模な共同研究も実現したいと考えています。
また、韓国、中国、マレーシアなどアジア圏との連携にも力を入れており、共同研究に加えて、研究室に所属する学生間の交流も活発に行なっています。特に、Hokkaidoサマー・インスティテュートでは、韓国やニュージーランドの先生方を毎年招き、国際的な臨海実習を実施していますが、共同研究者が指導する大学院生も参加しています。

こうした継続的な国際交流を通じて、より広い視点を持ち、多様な研究者と協力しながら、新たな研究の可能性を探っています。私たちの研究室は決して大きな規模ではありませんが、国際共同研究を積極的に進めることで、新しい技術や知見を取り入れ、より質の高い研究を生み出すことを目指しています。今後も、研究分野全体に貢献できるよう努力を続けていきたいと考えています。

※Hokkaidoサマー・インスティテュート:北大の教員が海外の研究者を招聘し、共同で英語で授業を行うプログラム。北大内外の学生が参加できる。

地域に根付いた施設であることを実感

社会への貢献について教えてください

海藻が作り出す海の森である藻場はCO₂を吸収し、沿岸生態系の生物多様性の維持や水質環境の改善に役立つと言われています。特に近年はブルーカーボンという言葉も一般化しているように、海藻などから成る生態系が大気中の二酸化炭素を吸収するしくみに注目が集まっています。
まだまだ海藻について生理生態学的なことはわからないことも多いので、研究を発展させていくことで地球環境の問題にも貢献できるものと考えています。
室蘭市では、カーボンニュートラル実現に向けた取り組みを行なっており、室蘭の海で海藻を増やすためにできることなどについて港湾部の方からアドバイスを求められることもあります。今後も、海藻が豊かに生育するためにできることについて、あらゆる観点から考慮し連携していきたいと考えております。
地域における貢献という面では、そのほかにも定期的に教育委員会が主催する「港ふるさと体験学習」、環境科学館が主催する「海藻クラブ」で小学生やその保護者を対象に海藻の採集や標本づくりを行ったり、高等学校の先生を対象とした講習会や勉強会を行うなど、実験所と地域とのつながりは長く続いています。
特に海藻クラブはとても長く続いている事業で、科学館関係者の方もご自身が子どもの頃に参加したというお話を伺っています。それほど地域に根付いた施設であることを実感しているので、これからも地域社会との連携の中で実験所としてできることを続けていきたいです。

どの道を選んでも新たな可能性が広がる未来

これから研究者を目指す人たちへメッセージをお願いします

 「これしか道がない」と決めつけず、広い視野で多様な選択肢を考えてほしいと思います。研究職に進むのも良いですし、企業や海外で新たな挑戦をする道もあります。私自身は同じ研究室で進んできましたが、学生たちには自分のペースで挑戦を続けてほしいと願っています。選択肢が増えた今、ライフプランに合った形でキャリアを選び取ることが重要です。どの道を選んでも、新たな可能性が広がる未来が待っています。

LILAS
Items

「タイマーは実験の管理をするのに欠かせないアイテムです。気に入ったデザインやアラーム音のものを選んで気持ちよく実験できるようにしています。 ピンセットは学生時代から使っており、柄の先についている針は実験に合わせて自分で加工して使っています。すべて日々の実験に欠かせない相棒です。」

LILAS
Plant

身近にあるものに対しての眼差し。故郷から地続きの風土。様々な形態の受精から色々な種と植物と海藻を繋ぐような存在としてサンゴで構成しました。 

ルナリア

学名:Lunaria annua 科名・属名:アブラナ科ゴウダソウ属 

オウギバショウ

学名:Ravenala madagascariensis 科名・属名:ショウガ目ゴクラクチョウ科 

オクラ 

学名:Abelmoschus esculentus 科名・属名:アオイ科トロロアオイ属 

イネ

学名:Oryza sativa 科名・属名: イネ科イネ属 

ギンネム

学名:Leucaena leucocephala 科名・属名:マメ科ネムノキ亜科 

ウメノキゴケ

学名:Parmotrema tinctorum 科名・属名:ウメノキゴケ科 

サンゴ

科名・属名:刺胞動物

LILASは北海道大学創基150周年事業です。北海道大学は2026年に創基150周年を迎えます。