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- 惠 淑萍先生
- 北海道大学保健科学研究院教授
自分の専門を徹底的に極め、
他分野や産業界にも目を向ける越境者であれ
LILAS
Leaders for people with Innovation,
Liberty and AmbitionS.
フロントランナーとして活躍している女性リーダー(Leader)を紹介する女性研究者インタビューシリーズLILAS。リラはフランス語で札幌の花としても知られるライラック(Lilac)を意味します。 インタビューの内容から着想を得た植物のアレンジメントとともに、植物の持つ力強さやしなやかさ、多様性などのメッセージを媒介させながら、オリジナルインタビューシリーズとして発信していきます。
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第九回は保健科学研究院の惠淑萍(けい しゅくへい)さん。中国の大学で医学部を卒業後、循環器内科医として臨床の現場に立った惠さん。1992年に来日し、現在は脂質分析のスペシャリストとして、生活習慣病や認知症の予防に繋がる研究を精力的に行っています。多国籍なメンバーが集う研究室のマネジメントや、社会への還元を重視する研究姿勢についてお話を伺いました。
臨床医から研究の道へ、
病気の「原因」を求めて
研究者としてのキャリアはどのようにスタートしましたか
中国の大学で医学部を卒業後、循環器内科医として病院で勤務していました。心疾患や脳卒中の多くの患者さんを診る中で、常に大きな疑問を感じていました。それは「なぜこの病気になるのか」「もっと手前で予防することはできなかったのか」という問いです。当時はこれらの病気の確かな原因はまだ解明されておらず、せいぜい運動不足といった漠然とした理由が語られる程度でした。
しかし、病院に運ばれてきた時にはすでに手遅れというケースを何度も目の当たりにし、病気の原因を突き止め、予防法を探求したいという思いが強くなっていきました。そこで着目したのが「脂質の酸化」でした。酸化した脂質(過酸化脂質など)が動脈壁に溜まることが原因ではないかという仮説を立て、その実態を科学的に明らかにするために研究の道へ進むことを決意しました。
研究の基盤をどのように築かれたのですか
来日後、当時の北海道医療大学薬学部の黒澤隆夫先生(北大薬出身)のもとで研鑽を積みました。黒澤先生は有機化学合成と分析化学の第一人者でした。その卓越したテクニックを学びに各地から研究者が訪れていました。
実は、病気の原因と考えられる過酸化脂質は非常に不安定な物質で、世界中どこを探しても成分分析の基準となる標準物質や、測定のための物差しとなる内部標準物質は市販されていません。私は「手に入らないなら、自分で作るしかない」と考え、黒澤先生から有機合成の技術を11年かけて徹底的に学びました。自ら過酸化脂質の標準物質や内部標準物質を合成できるようになったことが、私の研究人生における最大の強みとなりました。この技術があったからこそ、独自の分析法を確立でき、今、私が運営している高度脂質分析ラボラトリーを築くことができたのです。
多様性を維持することは、研究レベルを高めるための明確な戦略
研究室を運営するうえで、どのような困難がありましたか
私たちのラボには、現在5台の質量分析装置があります。これらを正常に稼働させ続けるには、年間で1000万円規模のメンテナンス費用が必要です。国立大学法人を取り巻く財政状況は厳しく、運営費交付金の削減や科研費の採択率の低迷など、常に資金面での苦労は絶えません。
この課題を克服するために私が取った戦略の一つが、多様な人材の活用です。一時期、ラボのスタッフメンバー10人のうち、日本人は一人で、あとは全員外国人という時期もありました。現在も中国、インド、バングラデシュ、コンゴなど、多国籍なスタッフや留学生が集まっています。アメリカからの留学生も昨年まで在籍しており、ラボは常に国際色豊かな環境にあります。
多様な人材の活用がなぜ資金面での戦略になるのでしょうか
多様性は単なる理想ではなく、研究レベルを高めるための明確な戦略だからです。異なるバックグラウンドを持つメンバーが、それぞれの価値観や経験を持ち寄ることで、組織としての柔軟性が高まり、より大きな価値を生み出すことができます。
以前北大で実施された「若手増員策」を活用して雇用した優秀な外国人研究者たちは、英語が非常に堪能です。彼らの強みを活かすことで、研究成果を極めてスピーディーに論文化し、国際的なトップランクの雑誌に発表することができました。その結果、有力雑誌の表紙を飾るようなインパクトのある実績が積み上がり、それが科研費などの競争的研究費の採択へとつながっています。
また、この環境は日本人学生にとっても大きなメリットがあります。北大にいながらにして留学をしているような体験ができ、ゼミや日常の議論も英語で行われます。その結果、卒業生は国際的な企業へと羽ばたき、グローバルに活躍する人材として高く評価されています。
共通の目標に向かうために、研究環境を整える
多様な学生やスタッフのマネジメントについてはいかがですか
多様性を保ちながら研究室を運営していくのは、決して簡単ではありません。だからこそ、私は「対話」と「インクルージョン」を何よりも大切にしています。具体的には、年に2回、研究室内で指導方法や研究環境に関する独自のアンケート調査を実施しています。
このアンケートを始めたきっかけは、ある学生がこっそり私のところへ来て、「実は他の学生がラボで大きな声で歌を歌っていて、研究に集中できず悩んでいる」と相談してくれたことでした。個別に言いにくい悩みでも、アンケートという形なら吸い上げることができます。その結果を受けて、集中が必要な「特別時間帯」を設定し、音楽を聴く際はイヤホンを必須にするなどのルールを設けました。お互いの違いを認め合い、共通の目標である「研究成果を出すこと」や「学位を取ること」に向かって協力し合える環境づくりを常に心がけています。
共同研究についてお聞かせください
多い時は、国内外の数十もの大学や研究機関、企業と連携していました。ここまで多くなると大変なので現在は少し減らしていますが、これほど多くのプロジェクトを成功させてきた秘訣は、「Win-Winの関係」と「信頼関係」の構築に尽きます。
私は常に、自分の利益だけを考えるのではなく、相手のことを第一に考えて行動することを信条としています。例えば、共同研究先の企業を不安にさせないよう、メールには可能な限り素早く返信するなど、技術提供だけでなく、人としても信頼の置ける相手だと思ってもらえるように意識しています。相手の期待を超える真心と、確かな研究エビデンスを提供し続けて、寄付分野が16年以上も続くなど、強固な信頼関係を築くうえでその重要さを実感しています。
臨床の疑問を研究で解き、
社会へ知を還元する
研究や社会への貢献について教えてください
研究成果を、社会を動かすエンジンとして還元することは、研究者の重要な使命です。そのため、可能な限り市民セミナーなどでの講演も積極的に引き受けるようにしています。一般向けセミナーでは、身近な食材に含まれる機能性物質について、最新のエビデンスに基づいたお話をすることが多いです。
例えば、牡蠣の例が分かりやすいでしょう。多くの方は「生で食べた方が栄養がある」と思いがちですが、私たちが発見した「DHMBA」という新しい多機能性抗酸化物質は、加熱することで初めて出現するのです。一方で、青魚の不飽和脂肪酸は加熱すると酸化して質が落ちてしまいます。こうした「何を、どう食べれば病気を予防できるか」という具体的で実用的な知識を提供すると、市民の皆さんから非常に大きな反響をいただきます。私自身の臨床医としての経験を、食生活を通じた「予防」という形で社会に還元できていることに、大きな喜びを感じています。
失敗を恐れず、深さと広さの両方を追い求めて
上位職を目指す若手研究者へのメッセージをお願いします
まず、「自分の専門を徹底的に極めること」です。それが自信につながり、他者と対話するための揺るぎない足場になります。しかし、自分の殻に閉じこもってはいけません。隣の分野や産業界にも積極的に目を向け、自分の研究が社会のどこに繋がるかを考え続ける「越境者」であってほしいのです。
研究は失敗の連続です。私自身、合成した物質が翌日には消えてしまい、胃が痛むほどのショックを受けたことが何度もあります。しかし、失敗の原因を探る過程こそが、新しい発見の入り口です。失敗を恐れず、深さと広さの両方を追い求めるリーダーシップを磨いていってください。
LILAS
Library
人生や研究を成功させるための原理原則が詰まった、私のバイブルのような1冊です。特に『人格を磨くこと』や『Win-Winの関係を築くこと』という教えは、私の多国籍なチーム運営や、数多くの共同研究を支える哲学そのものになっています。自己中心的にならず、相手を尊重する姿勢こそが、より良い未来を創造する鍵だと確信しています。
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Plants
起源はヒマラヤといわれる桜。ネパールから大陸、日本へと広く分布している。世界各地の研究所と協働しつつ全力でこなす様は満開となり花を散らし、葉を茂らせる桜のよう。
ヒマラヤザクラは秋に咲きます。植物も移動とともに変化をするように人も環境で活かしたり生かされたり、惠先生のお話から桜を選びました。
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ヨウコウザクラ(陽光桜)
学名:Prunus campanulata ‘YOKO’ 科名・属名:バラ科サクラ属
LILASは北海道大学創基150周年事業です。北海道大学は2026年に創基150周年を迎えます。